◇山登り◇ 栃木市(でいいのかな?) 谷倉山へ やぐらさん:599m 2011年 1月 9日 訪問 爺 (時間やルートは参考にしない事) |
今回は、「栃木百名山ガイドブック」通りのルートを歩こうとGPS及びガイドブックのコピーだけ持って気楽に出掛けた.が、、、登る途中から道を見失い、GPSを駆使してのルーファン登山になってしまった. 星野遺跡公園の駐車場には白っぽい乗用車が一台だけ.脇に駐め簡単に支度をして歩き始めた.星野遺跡トレンチという説明標識板の脇を通り、沢筋に入っていく(多分、ガイドブック通り).杉の植林帯に入り、作業道には倒木が覆い被さっていた.道はやや不明瞭になりながら緩やかに登っていく(まだガイドブック通り、、フムフム) しかし前方に滝っぽいものが出てきて、標高380m付近でとうとう道は無くなった(いや、見失ったのか?) |
駐車地の左にはお蕎麦屋さん 10:20 |
Eトレンチ |
沢沿いの林道を歩く |
倒木の連続、歩きにくい |
道がなくなってしまいました・・・11:05 |
右斜面を適当に登っていく |
探していても仕方がないので、右の小沢からだだっ広い斜面に取り付いた.東方向にまっすぐ登って行けば谷倉山から南南東に延びる稜線に出るだろう.そうGPSで読み、斜面を登ったが特に障害になる様なものはなく順調に稜線に出た. 稜線では何となく踏み後の様なものがあり、緩やかに登って行くとアンテナ施設があり、フェンスの脇を通って左に山名板を確認.そこから(ガイドブックの通り)好展望地へ行って見る.雲が少しあり日光連山は僅かしか見えなかった.さっき通ってきた道(アンテナ巡視路らしい)は下の方で舗装された立派な道になっている.登るだけならそちらから登って来た方が、楽で判りやすいかも知れない. |
歩き易い尾根に出た |
頂上にあるアンテナ 11:55 |
アンテナ施設の脇を通り抜けて・・・ |
山頂〜 |
帰路の道よりちょっと外れて展望地へ |
展望地より |
同じく、笹藪を掻き分けて |
同じ道を戻って施設から西北西に向かって下りていく(ガイドブック通り).途中左に分岐する所がある筈と気を付けながら下りていったが、綺麗に見逃した(汗) (とっくに通り過ぎたのに)中々出てこないなーーと更に歩くと木に「寒沢」方向を示す標識があった.寒沢ってどこだ? やや、不安に思いながらGPSをチェック.良く判らない.ままよ、450Pまで行けばその尾根を西南に下って星野に出られるだろう、と、判断.これまでポイント毎に電源を入れて位置確認だけしてきたが、此処からは(電源を)入れっぱなしにし、ルートも確認出来る様に歩いた.便利じゃなあ. 暫く歩いて450P手前のコルに向かって下りて行く途中、左樹林の方角へテープリボンと踏み後が誘う.うーーむどうしようか、と少し悩んだが、方向は星野の方だし仮に途中道が無くなっても状況はさして変わらないだろう.戻れば良いだけだから・・・と、そっちへ下りていくが、これが結構急斜面.又踏み後を見失うがそのまま下りていくと突然立派な”道”に出て「小山芳姫の墓」(栃木市教育委員会) という標示板が出てきた.歴史故事由来などには全くちんぷんかんぷんなのでよく判らないが、50mということなので寄って見る事にした. |
帰路の広葉樹林帯から・・・ |
桧(だったかな?)に変わって |
そのお墓は鉄杭をクサリで囲った中に2個位の石を建ててある質素なものだった.(爺には)意味の良く判らない和歌の様な立て札(これは新しい)があったり、この様な場所に葬られているのは、その昔何か訳があったりするのだろう.この文の中に寒沢という語が出てきたので、なる程この下の沢をそう呼ぶのかと、あそこの標識板に納得.手を合わせ軽く会釈してそこを離れた. 道を辿って行くと、往路は左手に見たEトレンチの建物を復路は左手に見て通り駐車地に帰った.隣の車の持ち主がちょうどタクシーで数人下りたところだった.挨拶をしこの山に登ったがやはり良く道が判らなかったという.アンテナ施設から好展望地へ行き、そのまま舗装路を下りてしまったらしい.とんでもない所へ下りてしまって、民家の近くからタクシーを呼んだとのこと.此処まで1万なんぼ かかってしまったんだ、、、と、ぼやいていた. |
お姫様のお墓の様です 13;05 |
お墓までの道はしっかり踏まれている |
Eトレンチの入り口 13:35 |
あそこを左に曲がって間もなく駐車場 |
アンテナのある所が頂上 |
当レポは
写真撮影だったり適当に歩いたりで、時間やルートは参考になりません.
仮に当レポを見て行かれる場合は予め情報を収集していただき、計画を
充分に立ててから実行して下さい.